ソマリア難民

近所の小学校の生徒から夏休みの研究のために「ソマリア難民」について教えて下さいと頼まれた。私の講演や著書で私が昔入っていたことを知ったようだ。
私が入っていたのは1992年から93年。動物写真と報道の両方をしていた頃だが、これが報道写真家としては最後の取材になった。
今も続く無政府状態と飢餓の発生。深刻な飢餓がまた進行しているというニュースに心が痛む。それにしても日本に入ってくる情報が、当時と同様に少ない。

まだ米軍が入る前で報道陣は世界からわずか数人しかおらず、また私は米国の写真通信社(Black Star)のカメラマンだったこともあり、国際赤十字が拠点に滞在を許可してくれていた。
私に割り当てられたのが、外務大臣かなんかの寝室でうちのマンションよりも広い1部屋にぽつんと大きなベッドがおかれた部屋だった。その窓から外を見ると、膨大な数の難民の方の手がこちらに向かって差し出される。反射的に写真を撮ってしまう自分を嫌悪したものだ。
首都以外の取材では誘拐される危険を何度かギリギリで回避できた。地元の人が安全だと執拗に進めるが、自分が断った宿泊先が、その晩襲撃され他国のジャーナリストが被害にあったこともある。
実際に現場を見て来た者として、何を今の子どもに伝えよう。
ソマリア難民と震災被災者、原発避難者、そのあたりの共通点と比較かな。この手の話は、自分がしっかり判っていないと子どもには伝わらないので、自分も色々考えないといけない。
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